塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

古民家の謎

ずっと不思議だった。
なんでこの教室はみんな帰るのが遅いんだろう?

 

「なぁ聞いて~!!ほんまムカつくねんけど。どう思う~!?」
「わかるわ~、うちの学校でもなこんなことあってん。」

 

築240年の大きな古民家に、中1女子の愚痴が響く。
その様子を、古い地図や俳句、歴史ある雛人形があたたかく見守る。

 

重く大きく動かしにくい木の箱の上に、座布団を連ねて寝転がるのは本の虫。
「最近は1日1冊ペースで読んでるねん。始まるまでもうちょっと時間あるやろ。」

 

夜の7時半を目掛けてワラワラと集まる中高生たちを迎え入れるのは、この歴史資料館を独り切り盛りする90歳のおばあちゃん。
「こんばんは。みなさんに会えるのが毎週のおばあちゃんの楽しみなのよ。」
「寒くなりましたね。ストーブはこのくらいでいいかしら。今お茶淹れるからね。」
僕は、優しくも芯のある、おばあちゃんの上品なしゃべり方が好きだ。

 

ピピピピッ!ピピピピッ!

 

けたたましいタイマーの音が鳴る。
「さぁそろそろ勉強始めよかー。」
大きな机を囲み、行われていた近況報告が段々静まり、今度は紙が鉛筆を削る音。

 

「センセー、わからへーん。」
緊張の糸を切る一言。
それぞれの課題に、それぞれの集中力で。
それぞれの目標に向かって、それぞれの人生と勉強道具を背負って。
同じ場所に、同じ時間集まる。今日も集まることができてよかった。

 

誰一人、肩に力を入れたような雰囲気がない。
誰かが誰かであることを非難するようなことはない。
みんな「自分が自分であることに、違和感がない。」
というような、凛とした表情をしている。

 

「なんか今日の雰囲気めっちゃ好きやわー、そう思わん?」
中和反応について質問をくれている高1女子に言ってみる。
「えー、別にいつも通りじゃない?どうしたん先生?(笑)」
そうか、いつも通りか。いつも通りやから、いいんやな。
そう思ったけど、口にはせずに言葉を飲み込んだ。

 

みんなここでは心を開いてる。
生徒も講師もおばあちゃんも、互いが互いの存在を認め合っている。
しかも、それが当たり前のように感じられている。

 

「やっぱり、今日の教室の雰囲気が好きやわ。」
教室も、こうやって育っていくんやなぁ。

 

ピピピピッ!ピピピピッ!

 

「よしっ!振り返りシート書いてコメントもらったら帰りやー。」
「センパイ、ちょっとこれ聞いてもいいですか?今度の定期演奏会で弾くんですけど…」
「先生、どうやったら放課後メリハリつけて勉強できるんですか?」
「今日の感想はー…“分数の計算が案外苦手やったから練習したい”っと。」
「じゃあ迎え来るまで、また続き読むか。」

 

あー、そっか。

 

やっと謎が解けた。
簡単な答えだったのに、僕が気付けてなかっただけ。

 

「早く帰りやー。迎えもう来てはるでー。」
僕は笑いながら意味のない言葉を発した。