塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

妄想志望理由書

編入試験をこれから控える大学生2年生の気分になり、志望理由書を書いてみた。 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私は、戦後農政の研究室を志望する。


その理由は、戦後日本の生活の変遷を明らかにすることで、経済発展に伴う環境問題の解決に役立てたいからだ。


私は、大学で環境問題について学び、その解決方法について考えてきた。

特に海洋汚染の問題に関心が深く、人間の廃棄物が処理しきれずにマイクロプラスチックとなり、生物濃縮を経て結局人間自身に害を与えるという「人間が被害者であり加害者」という特性を持つ、地球規模の環境問題をどう解決すべきか考えてきた。


その中で、環境問題の原因の一つである「大量生産大量消費」という構造を生み出した、産業革命以後の急激な経済成長の歴史を、もう一度見直す必要があると感じる。

 

第2次世界大戦後の日本は、復興から急激な経済成長を遂げ、その栄光の裏で水俣病イタイイタイ病に代表される公害問題や、原子力発電所の導入などが推進されてきた。やがてオゾン層の破壊や地球温暖化など、地球規模の環境問題が認知され始め、2011年には東日本大震災に伴う、福島原子力発電所の事故が起き、日本はとんでもないリスクを日本中に抱えてきたことが明るみに出ることになる。日本人の生活を下支えしてきた原発の事故は、「経済成長を追い求め過ぎた時代」を象徴するようなニュースだった。

 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。これらの環境問題において「被害者であり加害者」である我々は、戦後の急激な経済発展と環境問題に象徴される時代に何があったのかをしっかりと振り返り、これからの国の在り方や、あるいは発展途上国への同じ轍を踏ませない支援の在り方に活かさなければならない。

 

そこで環境問題を学んできた私は、戦後農政という、経済成長に大きく舵を切った時代の生活変遷を追いかける研究分野に興味を抱いた。研究室訪問をした際、先生が研究に没頭する姿に「これだ!」という想いを抱いた。
高校時代から何かとご縁のある貴学で、戦後農政を研究しているすぐ未来の自分に、胸を膨らませている。

仕事の始め方

仕事は「あなたにお願いしたい」というスタートしかない。
僕の仕事の始まりはいつも「あなたにお願いしたい」ということだった気がする。

 

パーソナルトレーナーという職業は、聴いたことがあった。し、なんとなく興味のある仕事でもあった。
でもなんとなく、ボディメイクとか、経営者とか、そういう派手な世界のものなんだろうなーって気がして、ちょっと嫌煙してきた感もあった。

 

「これ、完全にパーソナルトレーナーじゃん。」

 

ある人から「この人、見てあげてほしい。」ときっかけをもらって。
「うーん、やったことないんでわからんですけど、やりますよ。」
「いや、多分せっちゃん向いてると思うねんな。」
「そうですかね?じゃあ、とりあえず、話は聞いてみます。」

 

話を聞いてみたら、なんか、無限にアイディアが湧いてきて。結果的に誰よりもふさわしい仕事な気がしてて。
本人も、カウンセリングした初日からゴリゴリと音が聞こえそうなくらい変化・成長していってて。

 

「これ、完全にパーソナルトレーナーじゃん。」
「トレーナーって、こういうことか!」と腑に落ちた。
んで、「めっちゃ向いてるやん!この仕事!」と。

 

でも、よくよく考えてみると、仕事の始まりって「あなたにお願いしたい」以外に、何かあるのかな。
「バイト探しは○○」とか、「就職なら○○」とか。
いろんなコマーシャルに、日々接していると、あたかも
そのサービスを利用することだけが、仕事を始めることに繋がっているような錯覚を覚えるけど、そうじゃない。

決してそうじゃない。

 

それらはあくまで「あなたにお願いしたい」という出会いの確率を高めるための仕組みやサービスであるだけだ。
でも、それ以外の、仕事との、あるいは人との出会い方は、五万とある、ということを忘れてはいけない。
こんなこと、誰も教えてくれなかった。なんでだろう。

 

仕事の始め方の本質は、「誰かに求められる自分であり続けること」だし、
「自分を磨き続ける」ことが本質だし、
市場原理的には「希少性を高める」つまり、レアカードになることが、本質じゃないかな。

 

いつ誰に認められて、どんな形でお願いされるようになるかはわかんないけど、
それがいつであってもいいように、自分をコツコツ磨き続ける。
磨くってことはつまり、学び続ける。場数を踏み続ける。挑戦し続ける。

 

そして、こういう出来事があった時、振り返りをして、こうして言語化し続ける。

 

チャンスが目の前に転がった時に、さっと手を出せるように。
掴めるように。
「こんなことしてもいいよなー。」って、空想しておく。
そして、自分に許可を出しておく。

 

「こんなことしてもいいよなー」って。

幸せの形

なんとなく直感的に

「あぁ、実家で迎える、あの平和な日曜日の朝を過ごしたい。」

そう思い始め、居ても立ってもいられなくなって、土曜日の夜中、実家に向けて車を走らせた。

 

ほとんど日の光だけで、テレビがついてて、具沢山で「こんなに朝から食べれないよ」ってゆーくらいの朝御飯が出てきて、コーヒーがあって、何の利害関係もなく近況報告をできる、

あの平和な日曜日の朝。

 

日々、無意識に色んな役割を背負って生きている。

僕にとっては唯一、一人で実家に帰った時にしか、全ての役割を一旦下ろすことが出来ないみたいで。

 

予言通りの朝が来た。来てくれた。

何も考えない時間。誰のことも気にしない時間。

この場所が、この家が、このホームが、この原点があるから、僕は頑張れているんじゃないかなって思う。

 

最近の仕事の話をした。

僕は変な働き方をしているから、解ってもらえることもあったけど、解りきってもらえた訳でもない。

でも、それでも僕のやっていることを認めてくれている感じが伝わってきて、それが僕の心を安らかにする。

 

昔話もした。

僕は昔から、課題というものが出たらひたすら早く終わらせて、あとはゲームか、外遊び。

兄や姉からのお下がりのおもちゃを、末っ子として遊び倒し、ひたすら壊していってたらしい。笑

「だいきは昔から忙しい方が頑張れたもんね」

今と変わらない何かを感じてくれているようで、それが僕を安心させてくれる。

 

昼からは月に一回の振り返りオンラインイベント。

「(良い仲間に恵まれたな…)」と心の中で思いながら、色んなことに精力的に取り組んだ6月の自分と仲間を労う。

東洋医学鍼灸師。僕は人を幸せにするために生活や人生全体を俯瞰しそのバランスを見、最少コストで最大効果を出すツボを捉えてそこを衝く。」

東洋医学鍼灸師だから、その人に眠る内なる力をトコトン信じて、それを引き出すのが仕事だ」

自分のアイデンティティが固まってきた感触。

こんな素敵な仲間に出逢えたことに感謝しながら。

 

夜には、家に帰って、嫁さんと今日あったことを話す。話ながら、平日に放置していた、家の気になっていたことを片付けていく。

あぁー、幸せな一日だった。

 

と思いながら、眠りに落ちた。

 

これ以上無いってくらい、非常に幸せだったから、なんかもう「これ以上何も望むものはない」という気持ちになって、

翌朝になっても全然仕事へのやる気が出てこなかった。

 

満たされ切った。

 

少し迷惑かけて、朝イチでミーティングをした仲間には申し訳無かったのだけれど、

今、焦りはなくて。

 

「また次に自分のリビドーに突き動かされることが出てきたら、またやる気出して動けるだろう。」

未来の自分を信じて、今はただボーッとしている。