塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

篠山イノベーターズスクールで、僕の後輩になりませんか。笑

 
篠山市の地域おこし協力隊でも、1期生。
篠山イノベーターズスクール生としても、1期生。笑
もう4期生募集されてるんですね。ほんとに早く感じます。
この間、「ちょっと瀬戸くんの周りにも、地域で起業したい人とかいたら渡しといてよ。」と言われ、渡されたパンフレットを見ていたら、
なんだか、1期生の頃よりも、受講できるセミナー増えてるし、ずいぶん充実してるじゃないですか、羨ましい…!!
「地域は仕事がない(だから人が出ていくのでは)」とは、よく言われますが、それは実は、嘘だと僕は思ってます。
「人手不足で困る」と口にする事業者が、なんと多いことか。
(実は僕もその一人なのですが…w)
じゃあなんで、「仕事がない」と思われているのか。
仕事とは何か?
この問いに対しては、あらゆる答え方ができると思います。
先日、寺子屋の小学生に同じ質問をしたら、「生きていくのに必要な、お金を稼ぐ方法~」と答えてました。ちなみに、その時の大学生は「俺はこの答えわからんな…」と頭を抱えていましたが。笑
さて、僕は、一つの答えとして「困りごとを解決することによって、対価と感謝をもらうこと。」だと考えています。
そう考えると、地域には「困りごと」はたくさん落ちているように感じます。「子どもの勉強を見てほしい(ニーズ)」も一つ。「この施設なんかに活用して(余剰資源)」と言ってる方もこの頃多く見かけますね。
まさにそれらを、「お金に換える仕組み(ビジネス)をつくる人=起業家」が田舎には足りてないんじゃないかなーと感じています。
確かに、田舎に落ちてる一つひとつの困りごとの規模って、都会に比べたら、かなり小さい。だから、「フルタイムで同じ仕事をして(つまり、誰かと完全に分業して)稼ぐ」というのは難しい気がします。あるいは、既にその席は埋まってたり。
だからこそ、僕はいくつかの仕事を、1日の内なら、時間によって分けたり、1年の内なら、季節によって分けたり、あるいは、複数同時並行で進めたりするのが「田舎らしい起業」なのではないかな、と。
しかもそれって、結構「自分らしい起業」とイコールだったりするのかな、と。
顔の見える人間関係の中で稼ぐって、反応が直接返ってくるから本当にやりがいありますし、その規模の中での「困りごと」って、実は席が空いてることが多くて、「自分らしさ」をそのまま発揮して認められることも、割とあるんじゃないかな、と。(たまたまなのか、僕は完全にそうです。)
だから、「地域の困りごと(ニーズや余剰資源)」と「自分らしさ」をマッチングさせることがめっちゃ重要だと思ってます。
あと、本音の困りごとを地域の人から引き出すための信頼関係も、めちゃ重要ですが。
さてさて、話を戻しますが、僕は、このイノベーターズスクール、起業した後に受けてました。
印象としては「地域の困りごとも知らない」「自分が何をしたいのかもわからない」「地域の人との信頼関係もない」ってゆー「全くのゼロベース」での受講だったら、流石にイノベーターズスクールに1年通っても、起業して3年以上続けるのは難しい気がします。(それこそ、協力体制度とか使った方がいい。)
でも、上の3つの要素の内、一つでも「あるかも…?」と思える人は、篠山イノベーターズスクール行ったら、グッと可能性高まるんちゃうかな、と。
受講生になったら、晴れて僕の後輩になるわけですから(笑)先輩としてお手伝いできることもあると思います。
ちょっとでも「興味あるかも…」「瀬戸となんかしてみたい…」と思われた方は、コメント、メッセージを!

アントレプレナーシップ教育を実践して見えたこと(2/2)

休止。
何かしらの形でリバイバルさせる意志は、捨てていない現状。
 
2月に休むことが決まった後、応援して下さっていた方々に、今の今まで、ちゃんとご報告出来てこなかったことは、ずっと僕の心に引っかかってきたし、とても後悔している。
 
叶うなら、面と向かってお詫びが言いたいし、「寺子屋ガリとは何だったのか」と、お話したい。
 
でも、どうにも頭が整理されず、ストンと言葉にできず、何を伝えるべきなのかもわからず、ここまでズルズルと時間が過ぎてしまった。
 
 
 
アントレプレナーシップ教育がしたい。その意志の中身は、子ども達に
・自由とリスク・責任の関係について、理解し、適切に使えるようになってほしい
・めんどくさいことを後回しにせず、1つずつ自分で片付けられるようになってほしい
・自分がコントロールできることにフォーカスして行動でき、コントロールできないことに感情を振り回されないようになってほしい
・どんな状況からでも出来ることはある、と諦めの悪い人間になってほしい
・「起業すること自体は特別なことじゃない」とバランスの良いキャリア観を持ってほしい
こんな想いがある。そしてこれらの実現を通して、
 
目がキラキラ輝き「早く社会に出たい!」と大人(≒彼らにとっての将来)に希望を持つ子どもを増やしたい。
 
子どものファイナンスリテラシーを上げる教育もしたいという気持ちもある。
単なる道具であり、良いも悪いも使い方次第である、お金との適切な付き合い方を教えたい。
しかし、自分自身わからないことが多すぎて、まだまだ教えるには至らないだろうな。
 
 
今年度から、私立大阪高校で、「コラゼミ」というゼミ活動の一つを受け持つことになった。
「 ローカルビジネス実践ゼミ」という名前になる予定。ありがたいお話をいただけた。
学校に入り込んでのアクションは、篠山産業高校で「課題研究」のコーディネーターを担当させていただいて以来。3年ぶりだ。
フィールドワークから高校生たちの問題意識を棚卸しし、高校生ビジネスプランコンテストにチャレンジ。
丹波篠山や大阪をフィールドにしながら、起業アクションを起こしていく。
まだまだ未知の部分も多いが、新たなチャレンジとしてワクワクしている。
 
これから、アントレプレナーシップ教育は、形はどうあれ求められていくんじゃないかと思う。
僕自身、一人の起業家としてアントレプレナーシップを磨きながら、
より適切でより本質的な教育の形を、今後も引き続き探究していきたい。

アントレプレナーシップ教育を実践して見えたこと(1/2)

去年の10月から2月まで「寺子屋ガリ」というトライアルをしていた。
それは、子どもが起業を目指す中で、アントレプレナーシップを身につけていこうとする私塾であり、横田さんやその他の仲間とチャレンジしていた。
毎週2時間集まり、普段の生活に意識のメスを入れ、問題意識を育て、主体的に解決に向けたアクションを練っていく。形の無い時間から、何かしらを創造していくプロセス。
目に見える成果としては、黒枝豆の販売会をしたり、外国人向けの茶道教室を開いたりできた。
それらのプロジェクトを目指す中で、数えきれないほどの試行錯誤を繰り返す。
成し遂げた時は、やはり参加してくれた子ども達の目の色が変わったように感じたし、その正体はきっと「自分はこんなこともできるんだ」という自信だったんじゃないかと思う。
ふつう、子ども達の体験は、枠が決まっていることが多い。場所、ルール、資金、そして「子どもはこんなもんだ」という強烈な常識。
そんな中で、「寺子屋ガリ」の活動は、彼らの人生の中で、きっとこれまでの経験よりも圧倒的な自由度の活動だったと思う。
 
しかし、結果としては、企画自体を休むことになった。
 
理由は色々あった。
 
一番は、主に現場を回していた僕が、本業の方に時間を割くべきタイミングが来たこと。
無償のトライアルだったので、これはどうにも、仕方が無かった。
しかしこの「無償」というものから、私塾という形で有償化するハードルが、どうにも高かった。
「子どものアントレプレナーシップを育む」という、僕たち的には未来志向でドストライクな教育テーマに取り組んだ。そしてそのテーマ自体は、今もブレることなく子どもに必要な資質だと感じている。
しかしそれは、子どものパトロンである親御さんが現に求めるニーズとは少しズレがあったのかもしれない。
そして、子どもに主体性を高く求めれば求めるほどに、僕たちは「信じて、待つ。」という姿勢が強まっていくので、「サービスを提供されている」という満足感は、親子共に減少していく。
あるいは、こちらの広報や、コミュニケーションの取り方に問題があったのかもしれない。
そんなズレを肌で感じながら、「この事業に対して、どのくらいの価値がつけられるのだろうか?」と、悩み続けた。
 
親御さんからの課金を求めない方式も考えられた。
クラウドファンディングなどのやり方もある。
しかし「お金を支払ってこそ本気になる」という側面も捨てがたかった。
 
もう少しテーマを絞った方が、わかりやすくなったのかもしれない。
例えば「プログラミング教育」はその代表例だと思う。
しかし、絞るテーマの中で情熱を持てるものが、少なくとも今は見つかっていない。
 
あるいは、週に2時間集まる、という形式が合わなかったのかもしれない。
現に短期決戦でビジネスプランまでを練り上げるものは多い。
しかし、僕たちは普段の生活に根差しながら、プランニングし、実行して振り返るところまでをやりたかった。
 
1週間に1度しか会えないので、その間に高まっていた熱は冷えてくる。
オンライン上のコミュニケーションでその間を埋めようとするも、
オンライン環境や子どもの情報リテラシーが不揃いであることは、
僕たちが思い描いた状況を実現することに対してはハードルとなった。
僕たちからこのような状況を補うサポートが必要だったのかもしれない。
 
年度末を迎えるにあたり、子どもたちの状況も、変化するタイミングだった。
勉強とも部活とも違う活動を、その2時間以外の時間にも取り組んでもらおうとすると
中学生・高校生たちはあまりにも時間的な余裕を持っていなかった。
 
指導する大人の役割も明確に言葉にならなかったので「応援しろ・関わりしろ(のりしろの“しろ”)」を作ることもできなかった。
 
様々な状況が交差する中で、寺子屋ガリを休止することを決めた。

(後編につづく)