塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

カルテを書いています。

将来坊さんになりたいと考えている僕には嬉しいことに、

daiki526.hatenablog.jp

最近「こんなことで悩んでるねん…」という相談を受けることが増えてきたように思う。

 

否、人の悩みというものに対するアンテナを高く伸ばして、拾い上げているからかもしれない。

 

相談の内容としては、

「身体」「教育」はもちろん、

「キャリア」「起業」「恋愛」「家族」「医療」「ビジネス」「人間関係」など、

ジャンルは多岐に渡る。

 

「せっかく相談に乗っているのに、ノウハウが蓄積していかないのがもったいないなぁ…」という想いから、

”坊さんスキル”を高めていくための仕組みとして、

最近「駆け込み寺相談カルテ」を書くようになった。

 

カルテは、将来鍼灸師になったとしても書くべきものであるし、

今からカルテを書く習慣が身についていたら実践に役立つだろうという確信があった。

 

書き溜めている内容としては、日時・場所・名前・ジャンルはもちろんのこと

Subjective=主訴(相談者からの直接の訴え)

Objective=客観(相談者の訴え以外の客観的な情報)

Assessment=評価(SとOを統合して見えてくるもの)

Plan=計画(Aを踏まえた返答・処置・対応の計画)

 

相談を思い返しながら、相談内容を敢えてこの4項目に分けて捉えるようにしている。

それは、自分の認識装置を研ぎ澄ますことに他ならない。

カルテに記入していると、自分が収集した情報の偏りや抜けによく気付く。

すると、次にどういった情報を収集すべきかの方針が立てやすい。

 

それに慣れてくると、次は相談の最中に抜け漏れが見えてくるようになる。

SとOを切り分けながら情報をアセスメントし、プランニングするという思考回路を鍛え、その上で相談に乗っている最中の思考の軌跡を情報として蓄積できれば、

僕はあらゆるジャンルにおいて相談に乗れ、そして悩みを解決する人間になれるんじゃないかなーと感じている。

 

「あなたのやりたいを叶える鍼灸師」←身体・医療

「あなたのやりたいを叶える塾長」←教育・キャリア

「あなたのやりたいを叶える坊さん」←その他(起業・恋愛・家族・医療・ビジネス・人間関係)

 

相関図で言えば、坊さんが鍼灸師も塾長も覆っているわけなんだけど。

まぁ見た目が違うだけで。

全ての瞬間、瀬戸大喜なわけですから。

 

どこにお金を支払ってもらうか、によって違うだけですね。

身体の痛みを取ってもらっているようで実は、それ以外の悩みが解決しちゃってる、みたいな。

僕は、「苦しんでるんだけど、これ、何なのか正体さっぱりわからないんですよね。。。」

ってゆー悩みを紐解いていくのが一番好き。

ジャンルが定まれば、それはもう悩みじゃなくて、課題になっているだろうから。

そうなれば次は僕ではなく、各方面の専門家の出番だろうから。

 

だから、この先、僕に何か話をする人は気を付けてください。

きっと分析されていますよ。笑

 

ただし、その動機は、「面白い!」ってゆー無色透明な好奇心であり、

とても誠実に、「あなたの悩みを解決したい」

もっと言えば「気持ちよく最高の日々を送る人を一人でも増やしたい」

そう願っているところにありますので、ご安心を。笑

 

そして、そのカルテの内容は誰にも見せたり公開したりしないので、ね。

冷えから来る腰痛。冷えから来る頭痛。

体調が悪くなり、それを観察する。

体調の回復過程を観察する。

その繰り返しによって僕は、年齢に応じて変化する心身との向き合い方を極めていく。

これはまさに、生涯学習ですね。

生活の全てが学びで、どの瞬間も楽しいわけではないですが、

どの瞬間も、おもしろいのは確かです。

 

今回発生したのは、10月21日あたり。

それ以前から頭の前の方の片頭痛と首の痛みが気になっていたので、10月19日に専門学校の先輩の鍼を受けて、調子が良かったのも束の間、

「腰痛が少し気になるなぁ…」と思い始めました。

月曜日~水曜日は、腰痛・頭痛に加え、身体がだるくてやる気も出ず、午前中は動けない。

家事もままならず、学校行って仕事するのに精一杯と言う感じ。

だんだん酷くなってきているのを感じて、通っている「神戸東洋医療学院」の附属治療院に駆け込んだのが、25日の夜。

 

最近の気付きとして、学校の中で2年生から選べる3コース(そして、治療院でも同じコースがあるのだが、)の中で、「中医鍼」という、コースの中では最も東洋医学の哲学を基礎に置いた技術が、一番身体に合っているような気がしていて

 

昨日の夜も、そのコースを選び、先生に鍼を打ってもらった。

問診・触診・脈診・舌診される。

「足とお腹、背中がかなり冷えてますね。」

「冷えが気になるんで、今日は鍼に加えてお灸もしましょう。」

 

言われてから触られたら、自分がどれだけ冷えているか、そしてその冷えにどれだけ気付いていなかったか、思い知らされた。

 

そう言えば、先週から一気に気温冷え込んできてたし、土日は雨に曝されながらの作業もあった。

もしかするとそれにうまく身体がついていかなかったことが、今回の頭痛・首のこり・腰痛・だるさ・やる気の出なさの原因だったのかもしれない。

まぁ、そこに忙しさから来る疲れやストレスなども相まっているのではあろうが。

 

「台風の時とか、雨の時、体調悪くなりやすいでしょう?」

 

先生にそう言われた。

びっくりするくらい、思い当たる。

以前から「自分は台風と相性悪いねんなぁ。台風が来る度に寝込んでしまうなぁ。」など、オカルティックに考えていたが、

これも東洋医学の範疇だったとは…!!

 

身体と心。やる気。季節と天気。環境、姿勢。

あらゆることに原因を考え、そこに合わせた身体づくりをすることができる鍼灸師

自分は、こんなことができるようになるんか。

 

そんなことを考えていたら、治療は終わった。

直後は、あんまりすっきりと治った感じはしない。

ただ、ひたすらに腹が減ってきた。

家に帰って、とにかく温かいものを食べた。

そしたら、睡魔が襲ってきて、そのまま8時頃に就寝。

翌朝6時に起床。すると明らかに爽やかな目覚め。

「冷やさないように」とのことだったので、朝から風呂を沸かして入る。

そして今現在。心身ともに、ほぼ完治に近い状態であることを感じている。

 

感動。やっぱり、ワクワクしかない。

この学校に入れたこと、鍼灸という道を選んだこと、心から良かったと思う。

「体力の回復」 の概念を、ゴソッと書き換える。

前回のブログでは、学び方の工夫をまとめようと試みたが、
それは、1日が24時間だけでは、専門学校の定期テストの勉強時間の確保ができなかったからで、
学習効率を上げざるを得ない状況に追い込まれていたからである。
 
さて、今回のブログでは、テストに向かう際の、血の滲む工夫のもう一つ。
 
専門学校のテスト期間中、勉強時間と集中できるだけの体力を確保するために、
ある一つの仮説を試した。それは…
 
「人は運転中に、仮眠を取ったのと同程度の体力回復をすることができる。」
 ※運転中に仮眠を取るわけじゃない
 
というものだ。
 
「体力の回復」 の概念を、ゴソッと書き換えよう。
 
今回のテスト勉強は、仕事との両立の中で、完全にキャパを越えていた。
だから、勉強時間を確保するために睡眠時間を削るんだけど、
「睡眠時間=回復時間」だと削るのは辛くて持続しないから、
回復時間を他の時間と兼ねつつ睡眠時間を削ることで、
回復時間は削らずに、勉強時間を増やすことができるというマジック。
 
現在の生活で、運転時間は1日3時間超程度あるが、その時間は同乗者との会話や、ハンズフリー電話での打ち合わせができるくらいで、移動以上の意味を付与することが難しかった。
 
しかし、もし上記の仮説を立証することができれば、世界がひっくり返るくらい、
僕の生活は快適になる。
 
 
ここから、僕がテスト期間中に蓄積したノウハウを公開する。
 
 
僕が試せたのは、姿勢の側面と、意識の側面からの工夫だった。
 
まず一つ目は「徹底的に身体の感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、身体が求めるままに運転時の姿勢を工夫すること」だ。
僕も含め、人は案外、自分の身体の声を聴くことができていない。
運転中、身体のあらゆる箇所(腰・大腿・下腿・下腹部・内臓・脊柱・横隔膜・心拍・上腕・前腕・首・頭皮・脊柱と頭蓋骨の接合部・目・下顎・脳)に意識を向けて、それらがどのような感覚を持っているのか感じ取る。
力が入ったり、無理をしていそうなら、そこに意識を保ったまま、感覚の変化を追う。
必要であれば、座る深さ・背もたれの角度・座席シートの高さ・ヘッドレストの高さ・ハンドルの位置・ミラーの角度を調整していく。
車の設備の調整は、その日の体調によってベストが変わるので、運転の度にベストな姿勢を探り続ける必要がある。
 
これは、どちらかと言うと「運転による体力の消耗を抑える工夫」と言える。
 
そしてもう一つ。「意識的にボーッとする」ということだ。
この言葉は、ある種の矛盾を抱えている。より厳密にいうとすれば、
「意図的に、“ボーッと状態”に入る」と言う感じか。
 
“ボーッと状態”とは:脱力。口が開く。周辺視野が活性化して景色の流れと身体の感覚がリンクする。体制感覚・内蔵感覚が鋭敏である。unplug。
 
先ほどの「身体に意識を向ける」とかなり密接に関連しているが、
歩きながら、運転しながら“ボーッと状態”に入ることは、できる。
 
こちらは、「運転中に身体を回復させる工夫」だと感じている。
 
ボーッと状態に入ると、身体が回復モードに入る感覚があった。
すなわち、体力が回復してきているような感覚があったのだ。
睡眠でしか回復しなかった体力を、覚醒時にも実現する。
 
以上二つの工夫を、全て運転中に行う。
 
お気づきだろうが、この工夫には危険が伴う。
運転中に運転以外のことを意識を向け、あるいは「ボーッとする」わけだ。
 
優先順位として、体力の回復よりも、テストの点数よりも、何よりもまず、
事故や怪我は、まず第一に避けなければならない。絶対にここを忘れてはならない。
ここを外した議論は、空理空論でしかない。
 
すなわち、「危険察知能力」まで手放してしまってはいけない、ということだ。
完全な覚醒と完全な睡眠の間の、意識レベルのグラデーションの中で、
「体力は回復しながらも、絶対に事故リスクを高めない」落とし所を探らなければならない。
 
仮説検証中、この点に関しては唯一結論が出なかった。
 
ただ、2つの工夫の方向性に関しては、間違っていないと確信している。
 
なぜなら、この爆裂生活の中で、専門学校の定期テスト平均90点獲得することができたからだ。
 
余談であるが、この経験を経て、人間としてまたワンランク上に上がった気がしている。
専門学校に通うこの時間を換金すれば、半年で最低60万くらいの価値があったと考えている。