タクトが、天を指した。
聴衆が息を飲む音が聴こえた。
集中と緊張が入り混じり、会場を包み込む。
僕たちは、明らかにその場の空気のイニシアチブを取っていた。
先生からの提案があった時、正直に僕たちは驚いた。
「え?むばんそうきょく?それってどんな意味ですか?」
中学生の時、毎年クラス替えがあったのに、ずっと僕は、一組。
そして担任の先生も、3年間合唱に熱血な英語の先生だった。
「瀬戸くんはできると思わない?」
「選ぶのはみんなだから、強制はしない。でも、この挑戦は、このクラスでしかできない気がするの。」
僕は、合唱のパートリーダーを任されていた。
提示された曲は、どこかで聴いたことのある合唱曲か、「狩人のアレン」という無伴奏曲か。
学年の中でクラス毎に希望を出し、曲を取り合う形だった。
結局、半ば先生に押しきられる形だったように思う。
当たり前だが、無伴奏という難易度や、聴いたこともない曲であることも相まって、他のクラスと被ることなんてなく、すんなりと決まった。
狩人のアレン。
「みんな、全然声出てないよ!!」
練習を始めたての頃、海図を持たない航海のようだった。
音程、リズム、抑揚。そして、3パートのハーモニー。
その全てが手探り。
パートリーダーとしては、CDを聴き込み、わからないなりにみんなをリードすること。
正直、ワクワクしていた。
最初は乗り気じゃなかったメンバーもいた。
特にこの年代の男子は、真剣になることを嫌いがちだ。
しかし先生も本気だ。
真剣に打ち込む仲間や先生に心を動かされたのか、あるいは合唱としての形が見えてきたからか、段々クラスが一つにまとまっていくのを感じていた。
挙げ句の果てに、僕たちのクラスでは昼御飯の時にまで「狩人のアレン」を延々リピートして聴くところまでになっていた。
「中学校史上初の無伴奏らしいで。」
「そんなん無理やろ。」
「どんな曲?てゆーか、曲なん?」
色んな噂が校内を巡っていた。
そして迎えた、文化祭当日。
やはり3年生の合唱は、どこも完成度が高い。
僕たちは、文化祭で一番最後の発表だった。
三段になった舞台。
パート毎に立ち位置につく。
事前の噂もあってか、ワイワイしていたやんちゃな後輩たちも、しんと静まる。
タクトが、天を指した。
会場中のアツい視線が、舞台に集まった。
僕たちは自信に満ちた顔で迎え撃った。
タクトが振り下ろされるまさにその瞬間、
ソプラノのブレスが、微かに聴こえ、
狩人アレンの物語が、静かに始まった。
指揮者の左手が、力強く握られた途端、
盛大な拍手が鳴り響いた。
結果は、最優秀賞。
「当たり前だよね。」
「これだけ練習したんだし!」
そう言い合うみんなの顔は、
誇らしさでいっぱいだった。