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映画「美女と野獣」を見て

アニメの方でも、そんなにちゃんと見たことがなかったんですよね。

 

実写版になったとき、見に行ってみました。
そこで印象に残っているシーンが2つありました。

 

一つは、ここ。
「互いを愛し始めた美女と野獣。美女の親父さんが危ない状況と知り、美女は出ていきたいと主張する。野獣は、彼女の意思を尊重して、自由にしてしまう。」


もぉー!って、まどろっこしい場面でもありますよね。

 

でも、僕は野獣にかなり共感しました。あのシーンは、「本当の愛とは何か?」を考えたことがない人には描けないストーリーだなぁと感じます。

 

本当の愛って、相手を縛り付ける道具じゃなくて、きっと、相手の想いや、自由を大切にすること、なんじゃないかって気付かせてくれるような気がします。

 

もう一つは、これ。
「美女を行かせる時、なぜ魔法の鏡を渡したのか?」

 

一見すると、「俺のことを忘れないでくれ」という、エゴのようにも見えます。


確かに、渡された美女は、野獣の様子を常に伺え、それが故に苦しむシーンもあります。
「相手を想うなら、さっぱり忘れさせろよ!」って気持ちもありました。

 

でも、映画館を出た後、回想してみたら、ちょっと違う捉え方ができるなぁと思ったんです。


確かに、あそこで野獣が美女に魔法の鏡を渡したのは、野獣のエゴでもあり、またストーリー展開上も、とても重要な役割を果たしました。


でもそれ以上に表現されていたのは、もしかすると、現代人にはわかり得ない”別れの重さの違い"なのかもしれません。


別れ、それぞれの道を歩み始めた瞬間、自分も、相手も、死ぬのかもしれない。

そういう状況の中で「形見を渡す」という行為の意味が浮かび上がってくるなぁと感じました。