塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

生老病死を跨いだ切れ目無い支援のが求められている

昨日の地域医療ゼミの中で、最近分娩できる大きな病院を一つ失った篠山で、それでも「安心して子育てできるまち」をまちぐるみで維持・発展させるために、取り組もうとしている「マイ助産師制度」についての話になりました。

マイ助産師制度とは

http://budounoki2011.com/common/images/myjosanshi.pdf#search='my%E5%8A%A9%E7%94%A3%E5%B8%AB%E5%88%B6%E5%BA%A6'

 

日本の中ではまだ新しい概念(?)であるマイ助産師制度。

分娩時の入院期間中を除いた、産前産後の色んな悩みに対するフォローを、妊婦ごとに担当を決めて信頼関係を築きながらしていこうというもの。

妊娠中の悩みや不安、産後の不調などは尽きないもの。
しかし、自分の親や友達から、あるいはインスタグラムのようなSNSからの情報だけでは解消しきれない・・・

そんなお母さんたちの悩みに応えていける制度なのかなと感じています。


ところで、これは「人間が生まれる前と後の支援をシームレス(途切れない形)にしよう」というもの。
この議論の中で「似た概念が最近は増えてきているな」と感じるのは、例えば「総合診療医(GP)」や「坊さんの在り方」について、です。
総合診療医は、病気になる前からかかりつけの医者として市民の健康を見守り、病気になったら適切な医療機関に振り分け、病気が治った後、もし障害が残っても元居た町や家に戻りやすくするための(物理的・社会的)環境整備まで見通した支援を行うお医者さん。これは「病や老いの前と後のシームレスな支援」を目指す動き。
(ちなみに僕が目指す鍼灸師像はほぼこれ、です。)

また、最近は「坊さん=葬式をする人/お墓を守る人」というイメージかもしれませんが、従来は、家族の誰かが亡くなる前から付き合いがあり、葬式やお墓を用意するだけでなく「死とは何か」「人生とは何か」等の説法や対話の中で、死という家族にとって大きなライフイベントとどう向き合い、乗り越えて行ったらいいのかを一緒に探ってくれる存在でした。
現代は、死という本質についての悩みを打ち明ける場も少ない中、坊さんがどうあるべきか問われているようです。
これは、「死の前と後のシームレスな支援」を目指す動きですね。

仏教の中で「苦しみの原因」と言われる生老病死ですが、現代人にとっても逃れ得ない大きなライフイベントたち。
これらを乗り越える時に、切れ目のない信頼/支援の形が求められているように感じました。