塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

アントレプレナーシップ教育を実践して見えたこと(1/2)

去年の10月から2月まで「寺子屋ガリ」というトライアルをしていた。
それは、子どもが起業を目指す中で、アントレプレナーシップを身につけていこうとする私塾であり、横田さんやその他の仲間とチャレンジしていた。
毎週2時間集まり、普段の生活に意識のメスを入れ、問題意識を育て、主体的に解決に向けたアクションを練っていく。形の無い時間から、何かしらを創造していくプロセス。
目に見える成果としては、黒枝豆の販売会をしたり、外国人向けの茶道教室を開いたりできた。
それらのプロジェクトを目指す中で、数えきれないほどの試行錯誤を繰り返す。
成し遂げた時は、やはり参加してくれた子ども達の目の色が変わったように感じたし、その正体はきっと「自分はこんなこともできるんだ」という自信だったんじゃないかと思う。
ふつう、子ども達の体験は、枠が決まっていることが多い。場所、ルール、資金、そして「子どもはこんなもんだ」という強烈な常識。
そんな中で、「寺子屋ガリ」の活動は、彼らの人生の中で、きっとこれまでの経験よりも圧倒的な自由度の活動だったと思う。
 
しかし、結果としては、企画自体を休むことになった。
 
理由は色々あった。
 
一番は、主に現場を回していた僕が、本業の方に時間を割くべきタイミングが来たこと。
無償のトライアルだったので、これはどうにも、仕方が無かった。
しかしこの「無償」というものから、私塾という形で有償化するハードルが、どうにも高かった。
「子どものアントレプレナーシップを育む」という、僕たち的には未来志向でドストライクな教育テーマに取り組んだ。そしてそのテーマ自体は、今もブレることなく子どもに必要な資質だと感じている。
しかしそれは、子どものパトロンである親御さんが現に求めるニーズとは少しズレがあったのかもしれない。
そして、子どもに主体性を高く求めれば求めるほどに、僕たちは「信じて、待つ。」という姿勢が強まっていくので、「サービスを提供されている」という満足感は、親子共に減少していく。
あるいは、こちらの広報や、コミュニケーションの取り方に問題があったのかもしれない。
そんなズレを肌で感じながら、「この事業に対して、どのくらいの価値がつけられるのだろうか?」と、悩み続けた。
 
親御さんからの課金を求めない方式も考えられた。
クラウドファンディングなどのやり方もある。
しかし「お金を支払ってこそ本気になる」という側面も捨てがたかった。
 
もう少しテーマを絞った方が、わかりやすくなったのかもしれない。
例えば「プログラミング教育」はその代表例だと思う。
しかし、絞るテーマの中で情熱を持てるものが、少なくとも今は見つかっていない。
 
あるいは、週に2時間集まる、という形式が合わなかったのかもしれない。
現に短期決戦でビジネスプランまでを練り上げるものは多い。
しかし、僕たちは普段の生活に根差しながら、プランニングし、実行して振り返るところまでをやりたかった。
 
1週間に1度しか会えないので、その間に高まっていた熱は冷えてくる。
オンライン上のコミュニケーションでその間を埋めようとするも、
オンライン環境や子どもの情報リテラシーが不揃いであることは、
僕たちが思い描いた状況を実現することに対してはハードルとなった。
僕たちからこのような状況を補うサポートが必要だったのかもしれない。
 
年度末を迎えるにあたり、子どもたちの状況も、変化するタイミングだった。
勉強とも部活とも違う活動を、その2時間以外の時間にも取り組んでもらおうとすると
中学生・高校生たちはあまりにも時間的な余裕を持っていなかった。
 
指導する大人の役割も明確に言葉にならなかったので「応援しろ・関わりしろ(のりしろの“しろ”)」を作ることもできなかった。
 
様々な状況が交差する中で、寺子屋ガリを休止することを決めた。

(後編につづく)