塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

徐々に良くなっている事はニュースにならない

金沢に1泊2日旅行に行ってきた。

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なんというか、「あ、これが観光地なんだ」と、とても感動した。
どこに居ても「ほ、ホスピタリティー…」と口に出てしまうほどなのだ。
民度が高いというか。ブランディングが徹底されているというのか。

 

和モダン・金色・英語対応・キャッシュレス化など。

 

ユーザビリティが徹底的に高いだけでなく
あらゆるサービスを利用していて気持ちが良い。

 

素晴らしかったなぁ…

 

観光地ってこういうことなんだなぁと、感じたのだが
これを後からつくろうとするって、かなり難しい気がする。

 

何より、関わる人間が多すぎる。

 

何年、何十年、下手したら何百年の歴史の中で培われてきたものなんだろうなと、勝手に想像する。
ま、とんでもないリーダーが最近築いたものなのかもしれないけれど。

 

僕が育った京都とも雰囲気が似ていたので、
改めて京都を見返してみたくなった。

 

さて、2019年ももう終わりだが、昨年末にぎっくり腰を再発して以来
今年は1度もぎっくり腰にならなかった。

 

他人からすれば「それがどうしたww」という感じなんだけど
僕はこれまで4~5回ぎっくり腰になったことがあって
特にここ数年で3~4回、それも半年に1度くらいのペースで起こしていたので、

 

自分としては、2019年の年末をこうして、何事もなく迎えられていることは
静かに、だけどとても達成感があることだ。

 

「実は先進国と発展途上国という分かりやすい分類は難しくなっている」
「世界の核兵器は徐々に減ってきている」など、衝撃的な、でも統計から導き出された10の事実が紹介されている

 

FACTFULLNESSという本が最近話題だが、
その中のメッセージで

 

「徐々に良くなっている事は、ニュースにならない。だから広がりにくい。」
という話があった。

 

僕はその話を見て、なぜかとても「救われた」という気持ちになった。
それは

 

「僕の実感は間違ってなかった」
「僕の生き方は間違ってなかった」
そう確信できたからだ。

 

僕は確実に幸せになっていってるし、
より主体的になっていってるし、
より便利に生きられるようになって、
僕は今、とても幸せだから。

 

また、僕が享受している幸せを自分のものだけにしようとなんて1mmも思ってなくて
自分が幸せであり続けるよう努力し、
かつ身近な人、周りの人、出会った人を僕の全力で幸せにしようと行動し続けてきた。

 

その実感や生き方、間違ってないな、って。

 

この本に出会えて良かった。
ありがとう。

 

僕が今年、ぎっくり腰を起こさなかったことが
どこかのニュースになることは絶対に、無い。

 

しかし、僕は、日本は、世界は。

確実に良くしていける。

しかもそれは「名もなき善人たち」によって成されることだ。


だから僕も、これまでと変わらず

「名もなき善人」として

全身全霊で自分と他人を幸せにするべく

努力していくんだ。