塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

新しいあだ名をもらいました。

最近地域の中で頂く仕事の種類として「誰かと誰かの間に立つ」ということが多い。
例えば、誰かと誰かの契約の立ち合い人になったり、
業者と依頼主の間に入って工事をスムーズに進めたり。
尖りすぎた人と地域の人との間に立って、新しい企画をスタートさせることも。
 
思えば寺子屋でも、子どもと親の間に立って話をすることも多かったなぁ。
でもなぜ、僕が間に立つことによって、色んな状況が上手く回るのだろうか。
僕自身この立場は好きなことが多いが、なぜ色んな人が僕を間に立たせようとするのだろうか…?
よそ者だからなのか…?

昨日、そんな話をしていたら、同僚の池くんが
「瀬戸さんは、センターサークルの住人ですね。」と
新たな、誰にも伝わらないあだ名をつけてくれた。
(ちなみに彼は、僕を「良いサイコパス」などと命名した経歴を持つ。笑)
 
センターサークルという、聴いたことあるような無いような概念。
そしてそこに住んでいる、と、彼は言う。
一体どういうことか?
 
センターサークルとは、ある能力開発の教材の中に出てくる用語で
「自分の価値観を一旦脇に置いておき、相手の価値観に興味を持ち、ニュートラルな立場で対話する態度や場のこと」である。
その教材の中でも「誰かとコミュニケーションを取る時には、センターサークルに入るように心がけましょう」とあるが
僕は、常に誰と話す時でもニュートラル過ぎて、もはやセンターサークルの住人である、と。
 
これは、言い得て妙だなぁ、と自分でも納得し、笑った。
 
いつからだろう。
確かに僕は、子どもと話す時も、友だちと話す時も、先輩と話す時も、親兄弟と話す時でさえも。
常に相手の価値観に興味を持ちながら、
しかし客観的でありながら、
でもドライになりすぎない距離感でいながら、
だが僕の価値観が相手のそれに傾倒しすぎたりすることもない。
 
という絶妙の距離というのか、ニュートラルな態度というのか。
 
良くも悪くも、常に人を「今ここ」で見ているし、
(つまり、過去あった出来事にほとんど影響されずに人間を見ることができるということ)
教育者ではあるものの、他人を今日変えようと焦ったりもしない。
「こうした方がいいかもね」と相手が手に取れる場所に一つの答えを置いていくだけで、決して押し付けたりしない。
逆にどんな人からでも「いい考えだ」と感じたものは感動し、それを伝え、学ばせてもらう。
 
このバランス感覚は、どうやら僕の才能のようだなぁ、
と周りの方から気付かせていただいている。ありがたい。
 
こんなあだ名をつけられる、池くんは「名づけの天才」(←センス無しww)だなぁ。