塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

結婚式前夜

結婚式前夜。


これは一生に一度しかないものなので、
「今の気分を書いてやろう」と
面白がって筆を取ってみた。


僕は正直に。
「このままだろう」と感じている。
それは、結婚式の後の生活のことだ。


「ゆなと結婚できてよかった。」
そう自然と口にしたのは、数日前。
僕は一人だとどうもうまく休めない人間だったことを、ふと思い出したのだ。


しかし、ゆなはそんな僕を癒し、陰に引き込んでくれる。ありがたい。


今、こうして一緒にいること。
 結婚式後、また、こうして一緒にいるだろうこと。
その連続性に、何の違和感も無いこと。
それでいて、互いに一緒にいて刺激があること。
それらは、僕が最高のパートナーに出逢えたことの何よりの証である。


ゆなはここ3日、風邪を引いていた。
もう今は元気そうなんだけども。
ゆなの仕事は、話し合って、休むことに決めた。
万全の体制で式を迎えるために、当然の選択だった、と思う。
僕は、なぜこのタイミングで風邪を引くことになったのか、考えた。


ゆなは目の前で、熱や鼻水で苦しんでいる。
しかし、僕はその奥にある、運命というのか、真実というのか、そんなものを覗き込もうとしていた。


僕たちは交換ノートをしているのだが、それで気付くことがあった。
「覚悟を決めるために風邪を引いたのだ。」
「幸せであること。そしてそれを祝福されることを、決心するために、余裕のある時間が必要だったのだ。」と。


明日、僕たちは結婚式という儀式を迎える。
牧師さんは、演出だけ過剰になりがちな時代に、本質を教えてくれた。
「結婚式という儀式は、神の前に互いを一生の伴侶とすることを誓い、参列者はその誓いの証人となる。」
夫婦にとって「あの日あの時、あの場所で神の前に誓い、そして大切な人たちがそれを見守り、祝福してくれたよね。」という記憶は、揺るぎない原点となり、何か危機が訪れた時に、立ち戻れる、帰ってこれる場所になるのだ、と。


風呂に浸かりながら、何故か亡くなったばあちゃんのことを思い出し、ばあちゃんの一生を想像していた。


家族になる、ということ。


家族である、ということ。


命を繋いでいく、ということ。


見たことのない景色が、まだまだ広がっていそうで、それを二人で見に行けるのかと思うと、
ただひたすらに、楽しみで、幸せで、仕方ないのである。


ばあちゃん、祝福してくれてありがとう。