子どもの未来と自分の生活を天秤にかけてみると、どうなる?
よく考えてみりゃ、エグい現場だったな。
歪みはいつから始まったんだろう?
あんな修羅場、なかなか立ち会えるものじゃない。
何かが変わろうとしている、産声だったような気がする。
僕は何を求めて生きているんだろう?
自分に正直でありたい。
僕自身も、しっかりと心に傷を負っている。
それを自分自身で慰めることなんて出来るんだろうか?
受け止めきれない現実が目の前に立ちはだかる。
何も腹に入れたくない。
出したい。出さないと。
どんな未来があるんだろう?
僕自身は、それにコミット出来るのだろうか?
「子どもの未来と自分の生活を天秤にかけてみると、どうなる?」
こんな問いに、未来なんてあるわけがない。
立ちはだかっているのは、「大学受験」であり、自分自身の殻だ。
何をどうぶち破ればいいんだろう?
諦めることはできる。それに決断という名前もつけることもできる。
でも、本当にそれでいいのか?
望む未来はどこだ?
何を得て生きたいのだ?
来年とか再来年とか、そんな話じゃない。
もっと深く、遠くにあるものはなんだ?