塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

今の僕がある条件。

思えば、僕が真剣に自分の将来について考え出したのは、高校2年生の時だった。

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僕にとって初めての経験をした時期でもあった。

 

それは、「群れられない。」という状況だった。

 

未だに原因はわからないけれど、(そして今となっては本当にどうでもいいんだけど)

1年生の時にかなり仲良くしていた友達は、2年生になってもクラスが同じで

彼はクラスの中心的な存在だった。

 

そんな彼の態度が、2年生になって、なんとなく冷たくなったように感じた。

僕は空気が読める方なので(多分)、彼のいる輪から自然と距離を取るようになった。

 

ありがたいことに小学生から高校1年生まで、僕は常に数人の友人に囲まれて学校生活を送れてきていた。

でも僕は、高校2年生になって初めて、学校の休憩時間、何もすることがなくなったのだ。

 

振り返ると、その時間は、僕にとってとても貴重な時間だったのだと思う。

言葉にするとすれば、「群れの克服」ができた時間だったんじゃないか。
 
人間は本来、一人で生まれて、一人で死ぬ。孤独な存在である。
この基本認識から出発しなければ、「群れられない」という恐怖が原動力となり
色々な人生の選択をしてしまいかねない。結果「みんなと同じ進路取ろう」みたいな。
それでもいいと思うけど、それよりは「孤独になったとしても、自分のやりたいことを貫く。」と、自分の意思が原動力になった選択の方が、幸せになれそうじゃん。
 
だって、自分のやりたいことを積み重ねた先にたどり着く世界にだって、友はできるんだから。
 
孤独であることが怖くなくなると、自分と向き合う時間ができる。
だから、深く進路を考えることができた時期になったんじゃないか、と。
 
でも群れを克服できた前提には「親から信じられていて、人生を任されていること。」
があったと思う。例えそこに居場所がなくなっても、家族という絶対的なホームが、
僕の心の中には常にあった。今でもその地位は揺らいでいない。
だから孤独になっても、自分を信じて突き進めた。
 
今の僕がある条件。