気付けば僕は、大きな声で泣いていた。
なのに何故だろう。
幸せそうに笑っている顔が、4つ、いや6つある。
「だいき」
それが僕のことだって感じるようになったのはいつ頃だったろう?
うまく思い出せないな。
僕が初めて泣いた朝、みんなが大きな喜びに包まれたから、ついたあだ名だそうだ。
そのあだ名は、いつしか僕の名前なんだと思うようになった。
"僕は、大切に大切に育てられてきたらしい。"
次の本を手に取る。
晴喜兄ちゃんには「だいきくん」とくんづけにされて呼ばれ、僕が何かをしようとしたら、それを汲み取って支えてくれる。
僕がどこかに行こうとしたら、そう思ったところまで連れていってくれるし、何かで遊ぼうとしたら、その遊び方を教えてくれる。
時には、僕の歳じゃ出来ないようなことにもチャレンジさせてくれて、少し怖かったけど、みんな見てくれているから、不思議と僕は大丈夫って思えてた。
ふわふわの雪が好きだ。
目の前にふわふわの雪山がある。
とんでもなく高く、果てしない。
なのに晴喜兄ちゃんや姉ちゃんは、その雪山から何かに乗って笑顔で滑り降りてくる!
「ねぇ、どんな気持ちなの?」
「どんな景色が見えるの?」
「どうやって上まで登ったの?」
そんなことをぼんやり思っていたら、晴喜兄ちゃんが言った。
「だいきくんもやろう!」
次の瞬間、僕の体は猛烈な勢いで雪山を登っていく。
ガタガタザクザク。
ふわふわの雪しぶきが、キラキラしてきれいだなぁと思った。
ふっと目の前の景色が開けた。
白や青や緑がいっぱい。
あんなに下にお姉ちゃんがいる!!
赤い色の服を着ているから、よく目立った。
「いくよー!怖くない?」
答える言葉を持ってなかったし、答える隙もなかった。
一瞬、僕は空を飛んでいるのかと思った…!
いや、実際僕の体は少し浮かんだ。
「ドシンっ!!ザーーーーーザーーーー…」
誰かが何かを叫んでいた気がするけど、雪の音で何も聞こえなかった。
めくるめくように景色がうつる。
全く未知の体験だった。
ざわめくから、僕はお腹に力を入れる。
すると、不思議に体は安定した。
お姉ちゃんが近づいてくる。
「シューーー…」
自然と、動き続けてた景色が止まって、二人が駆け寄ってきた。
「すっごい上手じゃん!」
「なにも怖がってなかったよ、ねぇ?」
「もう一回やる?」
二人が喜んでくれてる!
そう思うと、僕は自然と笑みがこぼれた。
それから僕は何度も何度も雪山を登ったり滑ったりした。
って言っても、僕はただ座ってお腹に力を入れるだけなんだけど。
"3歳くらいかな。"
僕は思い出の本棚から引っ張り出してきたこの本を閉じた。
"僕が初めて憧れたヒーローは、カクレンジャーだと思ってたけど、晴喜兄ちゃんだったのかも。"
昨日ある紳士に言われた言葉を思い出す。
「人生で初めて出会ったヒーローに、人は人としての在り方を学ぶ。」
僕は、その説が正しいのか間違っているのか、わからない。
人がその行動に至った動機や、この人がより幸せに生きるためにはどうしたらいいか、人の気持ちに寄り添い、興味が尽きない自分を振り返る。
"もし仮に、その説を信じるとしたら、僕の場合、ちょっと話が綺麗すぎるな。"
苦笑いしながら、心の中は晴れ晴れとした喜びに包まれていた。