塾長鍼灸師のあたまの中。

ここだけの話。

受験について

受験をどう乗り越えて、第一志望に合格するか。
それは、生徒本人にとっても、親御さんにとっても、はたまた寺子屋にとっても重要な問題です。
 
しかし寺子屋では、「受験を乗り越える」というのは、あくまでも表面的な問題だと考えています。
受験に向かう過程の中で、「自ら考える力」「生きる力」をどう伸ばすか。
そしてその結果として「合格」というものがあるべきだ、と。
 
寺子屋が事業としてスタートした直後から、1年半ほど通ってくれたT君がいます。
彼はこの3月、第一志望であった「福知山成美高校」への、推薦入試での合格を知らせてくれました。
 
T君は、「寺子屋を終えて」と題した感想文の中で「特に印象に残っているのはPDCAサイクルの話です。」「勉強においても、計画を立てて、それを実行することの大切さを学びました。」「これは、この先の人生のいろんな場面で使える考え方です」ということを書いてくれていました。
 
彼は、中学3年間を、とにかく野球に打ち込んで過ごしました。
どちらかというと、勉強はおろそかになりがちだったのかな、と思います。
でも、その中で、学校に通い、受験勉強をし、野球に打ち込み、そして寺子屋に通ってくれる中で
「自分の頭で考えて行動することが大切だ」ということを発見してくれたようです。
 
僕は、すごく理想的な勉強をしてくれたのではないかな、と感じました。
受験。厳しい部活との両立。そういう過酷な状況の中で、考えることを辞めずに勉強に取り組んだ。
だからこそ、力をつけて、結果受験を成功させることができた。
 
T君は今頃高校に入学して、慌ただしい日々を過ごしているでしょう。
その日々の中でも、流されずに自分で考え、新たな目標を設定し、
より大きく成長していってくれるのではないかな、と確信しています。

ノスタルジーと、チームナックス。

「札幌出身です。」
 
そう言ってみたかったなぁ。胸を張って。
 
僕は、札幌出身で、2歳くらいには京都へ来た。
ばあちゃんちがあるので、小さい頃から年に1度くらいは札幌に行く。
大好きな人がたくさんいて、大好きな人が札幌にいると笑顔になるから
僕は、札幌が大好きになった。
 
大学生になってから、自分の足だけで行けるようになった。
 
その間、家族や親戚に色んな事が起こって、僕も何か役に立てないかと
何度か引っ越したいと本気で考えた。
なぜ北海道の大学に行くことを考えなかったのかって、本気で後悔したことだってある。
 
だけど、僕には僕の人生が流れて。
 
行ったって、きっと何もできなかったのかもしれない。
自己満足のためだけになって、札幌が嫌になってたのかもしれない。
 
あー、胸が詰まる。涙があふれてくる。
 
結局は、札幌が大好きでいられる、今の距離感がよかったのかもしれない。
でも、チームナックスのように、まっすぐな、眩しすぎるほどの郷土愛を露呈したかった。
吐露したかった。僕は、そうできるほどには札幌を知らない。

セイカツ。

就職するための活動、じゃないねん。
 
そもそもなぜ就職するか、ってこと。
 
それは、今よりも豊かに生きることができる可能性が高い選択肢である、という無意識の選択がその裏には隠れていて、
 
でも、本来「シューカツ。」以外にも、生きる道の選び方はたくさんあって。
 
僕は、大学生の内から協力隊になり、僕をちゃんと引っ張ってくれる人生の師に出会い、起業し、それで生計を立てて行こうとしている。
 
その中で、「僕はどういう仕組みの上で生きて行こうとしているのか」がだいたい見えて来ていて、
すごく安心する、というか、これこそが「地に足の着いた暮らし」であるように感じる。
 
なぜ安心するのか?
 
それは、ちゃんと自分の頭で納得した方法で、生活も、仕事も、自己実現も、幸せも、達成しようとしていて、そして、それを続けていこうとしているから。
例えば時代が変わっていったとしても、サーフィンのように、その時代の波に乗っかっていくことができると感じているから。
 
まぁ、まだ何も結果は出せていないのだけど。
この1年。この1年させ乗り切ることができれば、
僕はすごく安心して暮らし、最高の波乗り野郎になっていると思います。
 
僕がやってきたことは、「セイカツ。」
つまり、生きていくための活動。
「シューカツ。」は「セイカツ。」の一部に過ぎない。